■  オリオン食堂 第二部 ― 手づくり店主、相良和彦のひととなり


私立中高一貫校で数学教師だった相良和彦さん。
生徒たちに「たった一度の人生。悔いなく自分らしく生きろ」と語りながら、じゃあ、自分はどうなんだと悩み続けた日々。

36歳。「自分で商売やるしかない」。

相良さんは、教師を辞めた。


 手づくり店主、相良和彦のひととなり

  1. どうして脱サラして、ラーメン屋をはじめたのか?

  2. 商売人の子は、商売人になるもんだ

  3. 名前の秘密 〜 そもそも、なぜ「オリオン食堂」なの?

  4. オリオン食堂、手づくり開始 〜 「店主がなにやってんの!?」

  5. 手づくりロゴ 〜「一生最前線で目立って生きたい」

  6. 2004年、濃厚スープのために大改装

  7. 相良和彦、今後の野望


■ どうして脱サラして、ラーメン屋をはじめたのか?

― 相良さんがオリオン食堂を開店するまでの経緯を、もっとくわしくお聞きしたいと思います。そもそも、なぜ教員をやめてまで、ラーメン店を経営しようと思ったのですか。



内装は、まるで宇宙。個性的な小物が光る。
大学で経営工学を学んでいたこともあって、もともと経営には興味がありました。教員をやりながら「こんな商売やったらおもしろいな」「こうすればもっと売れるのにな」なんて想像するのが趣味で。
その一方で、生徒たちに「やりたい仕事を見つけろ!」と言いつづけるうちに、「自分の仕事は、ちょっと違うなあ…」と考えるようになりました。

そもそも自分は、独創的なパフォーマンスをして目立ったり、人を喜ばせたりしたいと思う、"エンタメ人間"なんです。教員では、そういう本質は生かせない。じゃあ、思い切ってやめて、なにかやってやろうと思ったわけです。

― 36歳で脱サラしたわけですが、そのきっかけはなんでしたか。

年齢でボーダーラインを引いたんです。アルバイトでも中途採用でも、世間一般の採用の平均ラインは37歳。なにかを起こすなら、36歳が最後のチャンスだと思ったんです。

― どうしてラーメンを選んだのですか。

もともとラーメンが好きで、よく食べ歩いていました。教員をやめる3年ほど前に、テレビ番組で「家系ラーメン」(横浜発祥の豚コツしょう油味ラーメン)などが紹介されて、世の中全体がラーメンブームになったんです。「ラーメンは必ず主食文化になる」と感じ、興味を持ちました。

いざ商売を考えたとき、自分の求める「独創性」に、ぴったり当てはまるもの、それがラーメンでもありした。スープと麺さえあれば、洋風でも和風でも、カレーでもいい。スープすらなくても、ラーメンと呼ぶ個性的なものもある。作り手の工夫次第で、自由な発想が試せる料理なんです。生産ラインや莫大な投資も必要ない。とっかかりやすく、やりがいのある商売なんです。


■ 商売人の子は、商売人になるもんだ

―  ラーメン店を経営する魅力は、どんなところですか。

「麺道即人道」。店主の真正直な姿勢がうかがえる。
味もふくめて、すべてが自分のパフォーマンス勝負というところが魅力ですね。
それに、お客さんとの対面商売だから、結果がすぐに出る。ラーメンを手渡した瞬間、お客さんの表情にすべての結果が表れるんです。そのあと、「おいしい」と言ってもらえたらうれしいし、味が悪ければすぐになおそうと思える。

自分はもともと、田舎のよろずやの息子なんです。山梨県の山村で、惣菜からプロパンガスまでなんでもそろった雑貨屋。5歳の頃から店を手伝っていました。
お釣りの計算や接客をしながら、「今日は暑いですね」なんて世間話も学びましたね。
みんなにほめられるのが楽しかったし、「ありがとう」と言われるのもうれしかった。もともと接客が向いていたんですね。

― いまのお仕事は、選ぶべくして選んだ道だったのかもしれませんね。

自分としては納得の選択でした。ただ、母親は……。
母親は、自分を商売人にはさせたくないと思っていたんです。商売のきびしさをよく知っていたからでしょうね。だから、きびしく勉強させて、やっとの思いで教員にさせた。それが、36歳にもなってやめるなんて、絶対に納得してもらえません。
それで、両親には黙って教員をやめたんですよ。
で、しばらくしてから白状して。母親、「うそっ!?」って、絶句。
でも、自分は結果オーライでいくしかない。商売人の子は、商売人になるもんです。


■ 名前の秘密 〜 そもそも、なぜ「オリオン食堂」なの?

― 「オリオン食堂」という店名は、ラーメン店としてはめずらしいですね。店名の由来はなんですか。

モデルとなった猫のオリオン
まず、「食堂」は絶対に使いたいと思っていました。
ラーメンだけにこだわらず、オムレツもカレーも出せる店にしたかった。それで最初は、地名を組み合わせて「東長崎食堂」という名前に決めたんです。

ところが、開店一ヶ月前、うちの飼い猫の血統書を見ることがあり…そこに「orion」という出生名が記されていたんです。
「『オリオン食堂』…ああ、これだ!」と。
すぐに「猫まねき」「オリオン座の三ツ星」=「三ツ星レストラン」「夜空に永遠に輝く星」、この3つが頭に浮かびました。現在の看板にも、このときのひらめきは、三ツ星の形で反映しています。

― 猫のキャラクターもその場で思い浮かんだのですか。

そうですね。商売するなら物販も、と視野に入れていたので、キャラクターとロゴは絶対に必要だと思いました。6ヶ月かけて進めていた店づくりもそろそろ架橋に入り、いよいよ看板をつくろう、と思っていた頃でした。


■ オリオン食堂、手づくり開始 〜 「えっ、店主がなにやってんの!?」

――お店の手づくりは順調だったのですか。

「店舗の手づくりが、思わぬ宣伝効果になった」
楽しく順調にやれました。
手づくりのいいところは、ものの位置やデザインに制限がないところ。客席の配置を考えて、柱を取り去ったり、棚を1センチ単位でずらしたり。本編でも少しお話ししましたが、大きな文化祭のアトラクションを作っているような感覚でした。

近所の人には大工さんだと思われていました(笑)
当時は、よく「ここ何屋?」と聞かれて、「12月にラーメン屋ができるみたいよ」なんてとぼけて答えていて。そのうち、店主だとバレると「えっ、店主がなにやってんの!?」「仕込みとかやんなくていいの?」と驚かれましたね。

でも、これがものすごく大きな宣伝になったんです。看板以外にはチラシ一枚まいていません。それでも、開店初日から大行列。うれしかったですよ。
教員あがりだというのも話題になって、開店したその月のうちに、取材が何件も入りました。
自分はただ、店をつくっていただけ。世の中、なにが幸いするかわからないと思いましたよ。


■ 手づくりロゴ 〜「一生最前線で目立って生きたい」

― 今回の看板のもとにもなった、相良さん手作りのロゴについて解説をお願いします。


看板のもとになった相良さんオリジナルのロゴ
教員時代からポップをつくったり、学級だよりに絵を描いたりするのが好きでした。このロゴは、特に「人に見せるもの」という頭でつくりましたね。時間をかけて、細かいところもずいぶん練りました。

「食」は麺がまるまったように、「堂」は人が走っているように見せたくて、何度も描きなおし。
猫の表情や色も、キャラクター商品になったときのことを想像して、いろんな角度から想像し、何度も描きましたよ。
とにかく、魂をこめてつくったロゴだと言いたいですね。


■ 2004年、濃厚スープのために大改装

― では、肝心のラーメンについてもお聞かせください。

スープのために厨房を大改装
今の濃厚スープにたどりつくまでには、試行錯誤のくり返しでした。
オープン当初のオリオン食堂は、あっさり系のスープだったんです。でも、時代の流れが濃厚系のスープへと変化して、お客さんも減り、一時は「つぶれてしまうのでは…」というところまで落ち込んで。
そこで、開店4年目の2004年、思い切ってスープを濃厚系へとチェンジすることにしたんです。
そのために、店舗の改装もやりました。

― スープのチェンジのために改装をしたのですか。

そうです。濃厚系スープの研究を重ねるうちに、それまでの寸胴のサイズやコンロの数では、最高の味が引き出せない、という結論に行き着いたんです。調理場そのもののスペースを広くとる必要がありました。
この改装は、さすがに自分ひとりではできませんでした。
オープン時とはちがって、すでにノウハウもあるし、人も抱えていたし、改装に時間をかけるわけにはいかなかった。
大工さんを1人雇って、一緒に作業しました。一ヶ月ほどで改装は完了。
そのときに、初代の手づくり看板が、危険だという話になって…。屋根からおろしました。

でも、改装したかいがあり、濃厚スープは当たりました。オリオン食堂、第2ステージのはじまりです。
店名も「オリオン食堂」から「オリオン食堂2」にバージョンアップし、現在に至ります。


■ 相良和彦、今後の野望


― これから、「オリオン食堂2」と相良さんは、どこへ走っていくのでしょう。

現在は「オリオン食堂2」の看板も掲げている
絶対に家族経営では終わらせたくありません。ラーメン屋ではなく、「企業」でありたいんです。株式会社にしたいし、できれば上場したい。ひとまずの目標は、年商3億円!

今後は、ラーメン界を盛り上げるための活動をしていきたいですね。
自分の店の売り上げだけでなく、近隣の店も、ラーメン界全体も、飲食店全体も…みんなが一緒に伸びる方法を考えたいんです。
幸せの器は、大きいほうがいいんですよ。
個人の幸せは周囲のみんなが幸せでないと得られないものです。自分たちができるところから、どんどん幸せを提供していきたいですね。

【オリオン食堂: 本編にもどる】


※ オリオン食堂のWebサイト
※ 取材日時 2009年8月
※ 取材制作:カスタマワイズ